トネガワとハンチョウは圧倒的悪魔的発想、名言だらけのカイジスピンオフ

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『賭博黙示録カイジ』から始まる、伊藤カイジを主人公としたギャンブル漫画。

 債権者と債務者という立場の違いによって、カイジたち債務者は文字通り命を賭けたギャンブルに身を投じざるを得なくなる。

 カイジが最初に挑戦した命懸けのギャンブルは、ギャンブル船「エスポワール号」での限定ジャンケンだった。

 そして、そこのホールマスターとして登場したのが利根川幸雄という男だった。

 彼を一言で説明すると、「説教が上手い男」だ。

 多重債務でにっちもさっちもいかなくなっている人たちを叱るのがべらぼうに上手い男だ。

 はっきり言って、利根川たちのやってることは犯罪だ。

 借金があるからといって無茶苦茶やりすぎな企業だ。

 帝愛グループが会長を楽しませるためにおこなっているギャンブルのせいで人命が奪われているのだから、幹部の利根川があんな偉そうに言っていいわけないだろ、と思う。警察やマスコミが介入すれば、帝愛グループは社会的制裁を受けるだろう。しかし、そうなっていないということは、それだけ、カイジ世界での帝愛グループの力が強いということだろう。

 帝愛グループ会長の兵藤和尊には、それほど絶大な権力がある。

 そして、『賭博黙示録カイジ』では、利根川はその絶対的権力者である兵藤会長の右腕的な存在だった。

 そして、多重債務者への辛辣な説教によって、存在感を発揮していた。

 利根川たちのやってることは最低だが、利根川が言ってることは的のど真ん中を射ているために、債務者たちは反論できない。

 言い返せないのは、立場の違いも当然ある。

 そして彼らはなんだかんだで利根川に乗せられて、負ければひどい目に遭うギャンブルに手を出してしまう。

 その結果多くのものが負け苦しみ、それを見て債権者のトップにいる兵藤会長が大喜びする。

 会長の満足のために、利根川は命懸けのギャンブルを取り仕切り、債務者たちに活を入れる。

 利根川の言葉は上からではあるが、その言葉には説得力が確かにあった。それゆえに利根川は「魅力的な悪役」としての地位を確立し、作中で自堕落な多重債務者を叱咤する言葉は、作品の外側にいる多くの読者の胸にも響いた。

 だが彼がそんなふうに厳しく言えるのは、債権者と債務者という明らかな立場の違いがあるからだ。

 利根川は上にいる。

 しかし、利根川のはるか上にも兵藤会長という男がいた。

 利根川は帝愛グループ内で力を持っているが、その地位は盤石とは言えない。

 幹部である彼も、一寸先は闇の不安定な境遇だ。兵藤会長の機嫌次第で容易に降格するのが、兵藤会長をトップに据える帝愛グループの絶対的なルールだ。

 王様の機嫌をとることが帝愛グループでの出世競争に勝つために一番大事なことだったのだ。

 そのルールに従い、利根川はのし上がってきたのだ。

 利根川は王でもなければ下っ端でもない。

 帝愛グループの中である程度の地位を築き、それゆえにトップの兵藤会長と部下の黒服たちに目を配り、臨機応変な対応をとらなければならない難しいポジションだった。

 つまりこの漫画は、中間管理職として板挟みになる利根川が、上下関係で右往左往する記録漫画なのだ。

 兵藤会長と利根川の関係性は、カイジ本編でもよく分かるが、部下の黒服たちとの関係性をしっかり描いたのが、このスピンオフ成功の要因ではないだろうか。

 部下との付き合いを見せられることによって、利根川への理解が深まり、いい歳したおじさんに可愛さすら感じさせられる。

 個性を消すように同じ格好をしている部下の黒服たちにも当然個性があって、上司の利根川は彼ら一人一人の個性をつかむことが大事なのだが、それよりも前の段階、名前を覚えることにすら苦労する。

 苦労するが、その第一歩、部下たちの名前を覚えることによって利根川はいい上司となるためのスタートを切る。

 いい上司であることが、利根川の仕事の成功に直結している。

 部下の黒服たちの信頼を得ることも、帝愛グループで出世するためには必要不可欠だった。彼らの協力あってこそ、利根川は結果を残せるのだ。

 上だけでなく下にも気を使わなくてはいけない。それこそが中間管理職のつらいところだ。個性を意図的に排除した黒服の部下たちの名前を覚えるのに一苦労し、会長を喜ばせるための死のゲーム企画会議では、良いアイデアを出させるために発言しやすい空気づくりに尽力して部下たちを褒めまくり、はたまた、帝愛ファイナンスの公式ツイッターアカウントの中の人としてフォロワー獲得に悪戦苦闘しと、幹部とはいえ、組織の歯車として奮闘する利根川の姿をいろいろと見ることができる。

 限定ジャンケンや鉄骨渡りといった、破滅や死と隣り合わせのゲームの裏側、企画会議やセッティングに当たる利根川や黒服視点で物語は進み、このスピンオフによってカイジ世界の奥行きがぐっと広がる。スピンオフはこうあるべしという、本編のおもしろさを引き立てつつ、スピンオフ単体でも確かなおもしろさがあるナイスなスピンオフ。

 中間管理職の苦悩が描かれていることによって、彼の人間らしさを目の当たりにさせられ、カイジシリーズ屈指の名悪役利根川幸雄が、このスピンオフを読む前よりずっと好きになることができる。

 カイジ視点から見る利根川は、債務者から見る債権者。命懸けの過酷なギャンブルを強いてくる鬼か悪魔だった。そんな男も、上に振り回され下にも振り回される、一人のサラリーマンで一人の人間だった。

 だからこそ、読者に共感を呼び、好感が生まれる。

 カイジシリーズは名言が山ほどある漫画だが、スピンオフのトネガワも負けてない。

 カイジシリーズに出てくる名言が駄目な人生に活を入れてくれるものなのに対し、スピンオフ作品の『中間管理録トネガワ』では、カイジに出てくるフレーズを上手い具合に使っていきながらも、本編とはまた違った名言が生み出されていく。胸を打つというよりも、腋をくすぐるような名言の数々。

 一巻読むだけでトネガワの魅力に引き込まれるだろう。

『賭博黙示録カイジ』に続くシリーズ第二弾『賭博破戒録カイジ』にその男、大槻班長は登場する。

 地の底で働かされる男たちがいた。

 債権者から人権を奪われた債務者たちは、劣悪な環境に閉じ込められ働かされていた。

 粉塵で胸をやられ再起不能になるものが次々に出る劣悪な環境での労働。

 そんななかでも強者であり勝者と言える存在がいた。

 それこそが大槻班長だった。

 班長という地位につく彼は、その地位で得られる特権を利用し、財を成していた。

 彼、大槻班長が、『一日外出録ハンチョウ』の主人公だ。

 ハンチョウは、トネガワのようにかっこいい悪役というわけではない。大槻班長は、利根川のような潔さはなく往生際が悪い男だし、小悪党という言葉がぴったりくるタイプのキャラクターだ。

 しかし、『一日外出録ハンチョウ』でも『中間管理録トネガワ』のように、主役の魅力をグッと引き出すことに成功している。

 嫌いだったはずのハンチョウが不思議と好きになる、そんなスピンオフ漫画だ。

 劣悪債務者が墜ちてくる地下世界には、もう失うもののないはずの彼らを食い物にするE班班長大槻がいた。

 地下に落ちた者たちは皆、帝愛グループから搾取される者たちだ。

 大槻班長もまたそうだ。彼もまぎれもない負債者で、借金があるために、帝愛グループによって自由を奪われていた。

 しかし、班長には特権があり、物販で儲けることができたし、賭場を開くことも認められていた。

 そしてハンチョウはその賭場で行うチンチロでいかさまをし、地下世界で莫大な富を築き、「一日外出券」という特例によって、地下から外に出る自由を手に入れていた。

 地の底まで落ちてきても、食い物にする側とされる側の格差が確かに存在していた。のちに墜ちてくるカイジも、大槻班長に食い物にされる。

 多くのものが養分となり、ハンチョウの懐を潤していた。

 しかしハンチョウが莫大な富を築いていると言っても、あくまで地下強制労働施設においての富豪。地下に落ちる原因となった多額の借金を帳消しにするほどの金は持っていない。

 だがそれでも、ほかの者たちが劣悪な環境の地下強制労働施設に閉じ込められっぱなしなのに対し、ハンチョウは特例の一日外出券を手にするだけのペリカ(地下世界の通貨。10ペリカ=1円)を持っていた。

 勤労奨励オプションの一日外出券は、のちに地下に墜ちて来るカイジにとって救いとなるもので、カイジはその一枚を手に入れるためにひどい苦労をするわけだが、ハンチョウはこれまで何枚もその一日外出券を手にし、地上で充実した時間を過ごしてきた。同じ地下暮らしの者たちをカモにすることによって、ずる賢さだけで劣悪なはずの地下暮らしを有意義なものに変えてきた。

 ハンチョウが地上に出て何をするかと言うと、彼は地下では決して食べることのできない美味しいものを食べるのだ。

『中間管理録トネガワ』がサラリーマン漫画なのに対し、『一日外出録ハンチョウ』はグルメ漫画なのだ。地下強制労働施設で働き、めったに地上に出られないというカイジ世界の設定を利用した、新しい形のグルメ漫画だ。

 いかさまチンチロで儲けているとはいっても、大槻班長にとっても一日外出券は貴重なものだ。だからこそ、飲食店選びは失敗できない。慎重になる。数多くある飲食店の中から当たりを引くためのハンチョウの鋭い観察力は、非常に勉強になる。

 地下に閉じ込められることもなく、いつでも自由に店を選べる幸せな身でも、グルメなハンチョウから教えてもらえることは数多くある。

 美味しいものを食べたいという欲望は、人間なら誰しも持ってる感情だろう。しかも彼は、劣悪な環境の地下で強制労働する身だ。地の底では美味しいものにありつけない。だからなおさら旨いものに飢えている。

 地下ではまぎれもなく厭なやつだだが、欲望に忠実でそのためならあらゆることをする大槻班長はある意味で人間らしいキャラクターで、彼が美味しい食事と幸せな時間のために多くの地下生活者を犠牲にしているのも、地上での彼のエンジョイっぷりを見てると無理ないなと思えてしまう。

 大槻班長は、ただ美味いものが食べたいだけじゃない。

 彼は環境づくりも食や酒を旨くするために必要不可欠なものだとよぉーく知っていた。

 そんな大槻班長だからできる旨いメシの食べ方。

 第一話はこんな風だ。

 一日外出券で地上に出た彼はわざわざスーツに着替えた。

 ドレスコードのある高級店に入るだろうという監視の黒服の予想に反し、ハンチョウはサラリーマン御用達の普通の立ち食い蕎麦屋に入った。そしてそこのテーブル席に腰を下ろし、コロッケとかきあげ、えび天、温玉のせほうれん草……さらには、生ビールを注文した。

 生ビール。夜ではない。平日のランチタイム。場所は新橋で、まわりはサラリーマンだらけ。

 蕎麦を立ち食いで済ませる忙しい彼らがまわりに存在しているからこそ、大槻班長はだれよりもうまい酒を飲めるのだ。そのためにこそ彼は、わざわざスーツを着てきた。

 そうすることによってハンチョウは、「真昼間から酒を飲んでもだれからも怒られない、会社の権力者」を演じてみせたのだ。飲みたくても飲めない、まわりのサラリーマンたちを酒の肴にするために。

 まさに悪魔的発想。恐ろしい男だ。

 そして、まわりで慌ただしく蕎麦を立ち食いしてるサラリーマンたちから羨望の眼差しを受けて、優越感に浸り酒をたらふく飲んだ。

 50万ペリカ(日本円にして5万円)の貴重な一日外出券を、それだけの価値あるものとして消費してみせた。忙しく働くサラリーマンたちを犠牲にして。

 まったくもって嫌な性格した男だと思う。

 だがその厭らしさ。人間だからこそ共感できる。

 共感できるからこそ、そんなハンチョウがやがて地下にやって来るカイジによって破滅させられる未来を知っている身としては、ちょっとかわいそうになってしまう。

 

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